汗の正しい基礎知識を持てば、対策や治療についても、何が効果がありそうか判断することができます。
医学的な知識のない方のウェブサイトを読むと、全く根拠のないことがまことしやかに書かれていることがあります。
知識は力です。

汗の解剖学
汗腺にはエクリン腺とアポクリン腺の2種類があります。(実はアポエクリン腺という3種類目の汗腺もあります。これはワキと陰部に見られ、これも臭いの原因になるとされています。)
ワキの下はエクリン腺とアポクリン腺が混在する場所です。
エクリン腺
エクリン腺は、外耳道、唇、陰部のある部分以外、皮膚があるところのほとんどどこにでも存在する汗腺です。一人の人間の体に総数200から500万ほどあり、体温調整に役立っています。
ここからの分泌物の中には細胞の有形成分が入っていないので、水っぽい汗となり臭いはありません。ほとんどは水と電解質です。
エクリン腺は生まれてきたときには成人と同じ数の汗腺があると言われています。ただほとんどは活発に活動しておらず、不能汗腺と呼ばれます。
生後2−3年までの環境により、活動する汗腺(能動汗腺)の数が決まります。
寒い地方で幼少期を過ごした人は能動汗腺の数が少なく、反対に赤ちゃんの時期を暑い国で過ごした人は能動汗腺の数が多くなるというデータがあります。
(サイト管理者の私は、日本の標準的な気温の地方で育ち、兄妹や周りの人よりも汗かきなので、この環境的要因はどのくらい決定的なものかは疑問です。もしも実際に有意差があるならば、理論的には子供を涼しい環境で育てれば、能動汗腺を少なくできる。つまり汗かきでないようにできるはずです。)
アポクリン腺
それに対しアポクリン腺はワキの下・お尻の穴の周り・外耳道・まぶた・乳輪など、体の特定の部位にある汗腺です。性ホルモンの影響を強く受け、思春期に活動が始まります。
エクリン腺と違って、アポクリン腺は毛があるところに一致してあります。(上の図を参照してください。)
アポクリン腺から汗が出る時は、分泌物がアポクリン腺細胞の表層近くに集まり突出し,その突起のつけ根がくびれて離れ、汗として出てきます。このように細胞の一部が汗の成分として出てくることが、臭いの一因となります。
これらの”細胞の一部”の中には、例えばアルドロステロールの様に、人間のフェロモンにあたる物質が含まれています。
もちろん”フェロモン”が出てくるのは、子孫を増やすために異性を惹きつける必要がある時期なので、このアポクリン腺の活動が活発になるのは思春期頃からで、その前まではワキガの問題はあまりないというのも、理に叶っています。
アポクリン腺からの汗は、出てきた時点では匂いはありません(あってもごく僅か。ただ”フェロモン”であるアルドステロールやアンドロステノンは、細菌と反応する以前にもすでに臭いを持っています。)
ワキガの強い臭いが起こるのは、アポクリン腺からの汗の中にあるタンパク質と脂質が、皮膚上の細菌、主にコリネバクテリウム属の菌とブドウ球菌により分解され、チオアルコールや他の臭いを持つ物質に分解されることによります。
汗をかく仕組み
エクリン腺
自律神経には交感神経と副交感神経があり、エクリン腺汗は交感神経の支配を受けています。副交感神経の支配はありません。
交感神経は緊張した時や驚いた時などに優位になります。英語では"Fight (戦う) or Flight (逃げる)" 反応、と呼ばれます。(ちなみに副交感神経は体を休めてリラックスした時に優位になります。)
交感神経や副交感神経は脊髄から神経節の前まで『節前繊維』が伸びており、その線維の端からアセチルコリンという神経伝達物質が神経節に向け分秘されます。
神経節からは、各臓器に向けて『節後繊維』が各臓器まで伸びます。
節後線維の末端からは、今度は臓器に向けて神経伝達物質が出されます。
普通、交感神経の節後線維の末端からはアドレナリンが分泌されるのですが、エクリン腺への節後線維の末端からはアセチルコリンが分泌されます。(立毛筋も交感神経で支配されるけれど、節後線維末端からはアセチルコリンが分泌されます。)
他の記事で出てくる”抗コリン薬”というのは、この神経末端から出るアセチルコリンが、臓器(例えば汗腺)にある受容体に結合するのをブロックします。
通常なら神経の刺激が、アセチルコリンが神経末端から出ることにつながり、それが臓器の受容体に結合して、それなりの臓器の反応が出るわけですが、”抗コリン薬”を使うとその反応が抑えられます。
この交感神経の興奮は、気温が暑い時、精神的に緊張した時などに起こります。
ただ手のひらや足の裏のエクリン腺は気温ではなく、精神的なストレスによって反応します。
気温による発汗は視床下部、精神的なストレスによる発汗は大脳皮質という、脳の別の場所によりコントロールされています。
アポクリン腺
アポクリン腺がどの様に刺激されて汗が出るかについては、いろいろ調べてもはっきりと書いてありません。
”交感神経は関係なく、ホルモンが関与するだけ”と書いてあるものもあれば、”交感神経でアセチルコリンとアドレナリンが両方働く”と書いてあるものもありました。
Richard D. GransteinとThomas A. Luger著のNeuroimmunology of the Skin: Basic Science to Clinical Practiceによると、『アドレナリンとノルアドレナリンがアポクリン腺の発汗に関与しているが、それが交感神経末端から出ているのか、血中から来ているのかはっきりしない』と言う旨が書いてありました。
汗をかく3つの原因
1. 気温
温熱性発汗と呼ばれ、気温が高い時や運動して体温が上がったときに、体温を下げるためのメカニズムです。エクリン腺が働きます。
この機序では、先に説明した様に、視床下部からシグナルが来ています。
2. 緊張
精神的発汗と呼ばれ、緊張した時や驚いたときに出ます。手のひら、足の裏、ワキの下に多いのですが、顔や体からも出ます。エクリン腺とアポクリン腺の両方が関与しています。
これは大脳皮質が働いて起こります。
3. 味覚
味覚性発汗と呼ばれ、辛いものを食べたときに鼻や額に汗をかきます。エクリン腺が働きます。
汗の悩みの種類
1. 多汗症
エクリン腺から多量の汗が出ることで起こります。
これは局所に限られるケースと(手、足、ワキ、顔面など)、手、足、ワキ、顔面などほとんどすべての皮膚で多汗であるケースがあります。
2. ワキガ
これはアポクリン腺からの汗が強く関与しています。
アポクリン腺からの汗は、細胞そのものの一部が含まれて出てくるためタンパク質を含みます。これが皮膚の上の細菌に分解され、できた脂肪酸が臭いの原因になるわけです。
